昨年12月18日、アメリカ商務省は、アメリカの安全保障や外交政策上の利益に反すると判断した企業等を列挙した「エンティティー・リスト」に、中国の半導体大手のSMIC(中芯国際集成電路製造)を追加しました。
エンティティー・リストに入った外国企業に対して指定の製品や技術を提供する場合、アメリカ国内の輸出企業は、商務省に申請して許可を得る必要があり、事実上の禁輸措置を意味します。
これよりSMICは、アメリカのサプライヤーから半導体の製造に必要な部品を調達できなったことで生産ラインが一部停止し、世界的な半導体不足に発展。実際に、トヨタ、日産、フォルクスワーゲンなどの大手自動車メーカーが減産を強いられるなど、ハイテク技術の要ともいえる半導体産業が世界経済に与える影響力の大きさが浮き彫りになることとなりました。
あらゆるハイテク製品に利用される半導体は、近年、過熱する米中摩擦の重要な争点にもなっており、半導体業界の動向はテック業界のみならず安全保障の分野にも大きな影響を及ぼしています。
そこで今回は、半導体業界を考える上で欠かせない業界最大手の半導体ファウンドリ企業であるTSMCにフォーカスし、半導体業界について考えていきます。
半導体業界の主要プレイヤー
まずはじめに、半導体の業界の構造と主要企業について簡単に説明します。
半導体は、演算を目的としたロジック半導体デバイスと情報の記憶を目的としたメモリ半導体デバイスに大別されます。ロジック半導体には、CPUやGPUのような汎用的な用途に使われるものと、仮想通貨のマイニングに特化したASICやFPGAなどのような特定の用途に使用されるものがあります。
一方のメモリ半導体は、電源を切るとデータが消失するDRAMと電源を切ってもデータが消失しないフラッシュメモリに分けられます。半導体関連のニュースでは、5nm、7nmといった数字が出ててきますが、これは半導体の最小単位であるトランジスタの大きさを意味します。
トランジスタを微細化すると同一面積あたりの集積率が上がり、演算速度も上がるため、数字が小さい程高性能であることを意味します。そのため、トランジスタの微細化は、半導体メーカーにとって最も重要な差別化要因であるのです。
ロジック半導体の製造に関しては、回路の設計を手掛ける企業(ファブレス)、その設計図をもとに製造する企業(ファウンドリ)、設計と製造と両方を行う垂直統合型(IMD)の3種類に分けれます。一方のメモリ半導体は、製造工程自体に最先端の技術を要するわけではないため、基本的に設計と製造は分かれていません。
【ロジック半導体の主要メーカー】
IDM | インテル(米)、サムスン(韓) |
設計(ファブレス) | エヌヴィディア(米)、クアルコム(米)、ハイシリコン(中)、 |
製造(ファウンドリ) | TSMC(台)、サムスン(韓)、UMC(台)、グローバルファウンドリ(米) |
【メモリ半導体の主要メーカー】
DRAM | サムスン(韓) マイクロン(米) SKハイニックス(韓) 紫光集団(中) |
フラッシュメモリ | サムスン(韓)、SKハイニックス(韓) キオクシア(日) |
世界最強の半導体企業TSMC
半導体業界を俯瞰する上で欠かせないのが、台湾の半導体ファウンドリメーカーTSMCです。TSMCの2019年の売上高は3兆8500億円を超えており、時価総額は19日終値時点で5807億米ドル(約60兆円)を記録し、世界9位の規模となっています。
トヨタの時価総額が23兆円であることを考えても、TSMCがいかに巨大な企業であるのかが分かることでしょう。また、TendForceによると、2020年1-3月期のファウンドリ業界にては世界シェア54.1%と2位のサムスンを大きく引き離す断トツの首位を維持しています。
そんなTSMCは、台湾のハイテク産業の研究開発を担うITRI(国立工業技術研究院)が母体となっています。1987年、ITRIの所長のモリス・チャンは、半導体の設計部門と製造部門に分け、設備投資などのリスクが高い製造部門のみを担うファウンドリモデルを考案しました。
設計のみを行うファブレス企業からすると、設計と製造両方を担うIBD企業に製造を委託することは、技術流出のリスクが高いため、ファウンドリに特化した企業へ委託したいという潜在的な需要があったのです。
このファウンドリモデルの第一号プロジェクトとして、ITRIからスピンアウトする形で生まれたのがTSMCです。このファウンドリモデルは市場のニーズと合致して、TSMCは急成長を遂げることとなります。
TSMCは、フィリップスから受託を獲得したことを皮切りに次々と世界トップメーカーから受託を獲得していき、現在は、アップル、ブロードコム、NVIDIA、ハイシリコンといった大企業が、TSMCに最先端の半導体の製造を委託しています。
また、ITRIからは半導体ファウンドリ世界シェア4位のUMDも生まれており、台湾の半導体業界には、台湾中のエリートが集うエコシステムが形成されることとなりました。
世界最先端の半導体を作るのにはTSMCの協力が不可欠
当初、製造工程のみを請け負うファウンドリは、単なる下請けという見方がありましたが、各一流ファブレス企業の製造を蓄積していったことで、最高水準の製造技術を身に付けることとなります。前述したように半導体の性能は、採用単位であるトランジスタをどれだけ小さくできるかにかかっています。
下図のように5nmの半導体を安定的に製造できるのは世界でもTSMCのみであり、最先端の性能を持つ各種ハイテク機器を製造するのにはTSMCの協力が必要不可欠なのです。
TSMC | 5nm |
サムスン | 7nm |
インテル | 10nm |
フローバルファウンドリ | 12nm |
UMC | 14nm |
SMIC | 14nm |
TSMCの影響力
昨年7月、IntelのCEOボブ・スワンは、同社では7nm規格の半導体の試作品の歩留まりが悪く、量産体制に移行できないために、ファウンドリーへ製造を委託する「緊急時対応計画」を策定したことを発表しました。
長年、半導体業界の王者として君臨してきたIntelが、微細化の競争から脱落したことは、ある種の事件とも言える出来事でした。
その後、台湾Digitimesは、1月27日付けのニュースにて、Intelが最新の3nm規格の半導体の製造をTSMCに委託する契約を結んだと伝えています。IntelとTSMCの両者はともに、この報道に対してのコメントを差し控えているものの、インテルの競争力の低下を世界に知らしめることとなり、この発表の後に、TSMCの株価は高騰しインテルの株価は急落しています。
ちなみにTSMCの5nmの半導体の供給先には、AMD、Apple、Bitmain、Intel、MediaTek、Nvidea、Qualcomnの7企業があり、Bitmainはビットコインの採掘用ASICを製造するメーカーであり中国企業としては唯一供給先として選ばれています。TSMCの最先端の半導体を優先的に確保することは、その企業の競争力にも直結すると言えるため、業績や株価にも大きな影響を及ぼします。
半導体業界から見るグレートゲーム
冒頭で述べたように、あらゆる軍事デバイスに使われる半導体業界は、米中の次世代技術戦争の主戦場とも言えます。
昨年末に、ハーウェイがエンティティリストに加えられたことで、米国製の半導体製造装置を使用しているすべての企業は、ハーウェイへの出荷が許可制(事実上禁止)になり、ハーウェイはTSMCの半導体を使用することができなくなりました。
より厳さをます対中制裁に対して、中国は2025年までに半導体内製化率70%を目標にして、製造工程の急速な内製化を図っています。中国政府は、半導体分野に特化した2兆円規模の国家ファンド国家修正電路産業投資基金を設立したことからも中国の本気度合いが伺えます。
しかし現時点で、中国の半導体大手SIMCは、3世代以上遅れた14nmまでしか製造できないのが実情です。
また、半導体製造装置のマーケットでは、オランダのASMLや東京エレクトロン、ラム・リサーチといった非中国企業のサプライヤーが大きなシェアを握っており、これらのサプライヤーも今後中国の半導体メーカーへの供給が制限されていくことを考えると、第一ラウンドはアメリカの優勢と言えます。
TSMCは昨年5月、アリゾナ州に120億ドルの工場を建設する計画を発表し、韓国のサムスン電子も米国に100億ドル以上を投じ、テキサス州に同社最先端のロジック半導体製造工場を建設することを検討していることがBloombergにより伝えられました。
米中の対立の中で、大国に踏み絵を踏まされる形となった半導体業体の二大巨人が、米国にプレゼントを贈る形になったわけですが、大国の中で、上手く生存の道筋を見出してきた台湾と韓国の外交手腕には目を見張るものがあります。特に年々、中国の軍事圧力が高まる台湾においては、半導体産業は国を守る盾とも言われています。
1980年代、世界を席巻した日本の半導体産業に対して、アメリカは同盟国でありながら「アメリカのハイテク産業あるいは防衛産業の基礎を脅かすという安全保障上の問題がある」として激しく糾弾し、中小法301条に基づく絵地租や反ダンピング訴訟などを通じて徹底的に攻撃しました。
台湾や韓国のようにアメリカと合従連衡の関係を築くのではなく、アメリカに真っ向から対抗しようとし、中国や韓国を引き入れようと画策した結果、技術流出が進み、無惨にも凋落していった日本の半導体業界の歴史を振り返ると歯がゆい思いをする人も多いことでしょう。
米中衝突の最も加熱している半導体業界を巡るグレートゲームの中で、台湾を使い中国をけん制するというアメリカの思惑と安全保障上の観点からアメリカの後ろ盾を必要とする台湾の利害が合致した形となりました。半導体業界に大きな打撃を受けた中国の半導体業界ですが、中国が今後も無策のままおとなしく引き下がるとも思えません。
いずれにせよ、半導体業界の主要プレイヤーの動向は、今後も過熱する米中摩擦の中でより重要になっていくでしょう。
(参考)
台湾TSMCが日本に開発拠点設置へ、投資額200億円
TSMC to build a $12 billlion advanced semiconductor plant in Arizona with US government support
TSMC hikes capex to record bn as chip race heats up
(文・飯倉光彦)